BPM60のパルスが、最速の旋律を生む理由

【GUITAR】

あなたの「ゆっくり」のやり方は、正しい?

Chrome Anthem by Suno

楽器の練習において
「まずはゆっくりから始めて、弾けるようになったら段々テンポを上げていく」ことは
どんな教則本にも必ず書かれている絶対的なセオリーだ。

ギターにおいては速弾き(シュレッド)に興味を持つ人は多いが
練習したことがある人なら、誰もがこのセオリーに従って
メトロノームと睨めっこした経験があるはずだ。

しかし、同時にこんな壁にぶつかったことはないだろうか。

「ある一定の速度までは上がるのに
そこから先はどうやっても指が追いつかず、音が濁り、力んでしまう。」
と。

かつての僕もそのセオリーを信じて、ひたすらBPMを微増させては
壁に跳ね返される日々を繰り返していた。

しかし、25年近くギターの指板と向き合い続け
ついに見えてきた「速さの本質」は、単なる反復練習の先にはなかった。

「ゆっくりから段々速くする」というセオリー自体は正しい。
しかし、多くの人が「ゆっくり弾いている時に何を意識すべきか」
を見落としていると思う。

僕が行き着いた意識すべき箇所。
それは「極端に遅いテンポで、自分の指の動きを明晰に観察すること」だ。

①速度の正体は「指が動く速さ」ではなく「指板からの距離の短さ」

テンポを徐々に上げていく練習の最大の落とし穴は、無意識のうちに「勢い」でごまかしてしまうことにある。BPM150や200といった高速の世界では、ピッキングの引っかかりも、左手のバタつきも、ノイズの中に隠れてしまう。

そのごまかした状態のままテンポを上げても、当然どこかで限界が来るし
何度も失敗していると、その「失敗を再現するのが上手くなる」ことになり
何度弾いても完成度は上がることがない。

だから、あえてBPM60まで一気に落として
一つ一つの音を明確に鳴らしてみる。

すると、残酷なほどに「無駄」が可視化される。
まず一つ目の「無駄」は弾き終わった指の位置だ。
弦から1センチも2センチも離れて宙に浮いていないだろうか?

速弾きにおいて、指が弦から離れる距離は「ロス」でしかない。
僕が現在、徹底して意識しているのは「弦から1mm上に架空の弦が存在する」
というイメージを持つことだ。

指を高く上げれば上げるほど
次に弦を押さえるまでの「帰りの距離」と「時間」が長くなる。

それが1フレットの移動であっても
その数ミリのロスが、高速演奏時には致命的な遅れとなって蓄積していく。

ちなみに五陸守氏によれば

「指がバタついている基準は、指先が天井を指しているかどうかだ」

だそうだ。

究極的には両手のタイミングがバッチリ合っていればいいのだが
無駄なものは極力省いた方がいいのは間違いない。
お手本になるのはARK STORMの太田カツ氏のプレイだ。

シュレッド時に指板を撫でているようにしか見えない。超絶だ。

②「離脱と静止」というコントロール

「ゆっくりから速く」のセオリーで本当に身につけるべきなのは
ゆっくり弾くこと自体ではない。

「弾き終わった指を、最短距離(弦上1mm)でピタッと静止させるコントロール力」だ。

速く弾こうと焦ると、人間の身体は常に動き続けようとしてしまう。
しかし、真のコントロールとは「動かすこと」ではなく「止めること」にある。

対象から素早く離脱し、空中で完全に静止する。
そして次の瞬間、最短距離で的確に弦を捉える。

この「離脱と静止」の精度を限界まで高めるための指標。
それがBPM60というテンポなのだ。

③指を弦から離す「素早さ」も「速弾き」のうち

また、「押さえる」速さばかりに気を取られ
弦から「離す」速さに意識が向かない人も多い。

いかに「弦から速く離せる」かも、速弾きの技術なのだ。

この素早さは「ポジション移動」の早さも含む。
いくら一か所だけで速く指が動いても、指板全体を縦横無尽に弾けなければ
生きた旋律を奏で続けることは不可能だ。

④幻想を捨て、現実の身体と接地する

「速く指を動かせば速く弾ける」というのは、一種の幻想だ。

本当に必要なのは、自分の身体の動きから
1ミリの無駄も逃さずに削ぎ落としていく、極めて現実的で地道な作業だ。

メトロノームのテンポを極端に落とすことは、決して後退ではない。
それは、自分の現在地を正確に測り直し
最も強固な土台を築き直すための「接地」の時間なのだ。

もし今、速弾きの壁にぶつかって
「段々テンポを上げる」やり方に限界を感じているなら
一度騙されたと思ってBPMを60まで落としてみてほしい。

そこにある静寂の中にこそ、最速への扉が隠されているのだから。

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